読売新聞政治部の石井誠記者が、なぞの死を遂げた。
後ろ手に手錠をかけられ、左手には手錠のカギを握っていた。口に靴下を入れられ、粘着テープを貼られた状態で発見された。
死因は窒息死である。警察は、外部からの進入がないことから、事故と判断している。
いくらなんでも、これを事故と判断するのは無理がないだろうか。
自殺ならわかるが、事故とはどういうことだろう?
口に靴下を入れ、ガムテープを張り、自ら手錠をかけるなど、わざわざするものであろうか? うつ病だとしても、そんな「自殺」はしないだろう(彼がうつ病というわけではないが、週刊誌などがこの死を事故とするためにうつ病やら、性癖やらわけの分からないことを各恐れがあるため、あえてこの表現を用いた)。
思わず血液中の薬剤は? 交友関係は? などと邪推したくなる。
だが、それとは別に、彼が現在追っている「事件」との関連性は何かのほうがより重要ではないだろうか。
手段を選ばない輩はいる。第三者に依頼され、殺人をする人間や組織はごまんといる。事故よりは、むしろ事件として取り扱うの妥当であろう。
この「事件」は、新聞社はまったく取り扱っていない。報道しているのはフジテレビ、時事通信ぐらいだ。
試しに読売新聞のウェブ・サイトを見たが、彼の死亡記事は掲載されていなかった。
読売新聞者上部にも圧力をかけられ、かつ警視庁にも圧力をかけられる人間が関わっているのではないかと思ってしまう。
他の新聞のサイトでも同様である。
さあ、消去法で彼が死亡することで得をする人間を探してみよう。
直接ではなく間接的に、もしくは殺人教唆を指示できる人間が浮かび上がってくるかもしれない。
それと、彼は政治部の記者である。ここが重要な点だ。
ただ、彼の上司や近しい同僚は殺された理由を知っている。
そして、犯人を暴こうとはしない。なぜなら、彼が追っているネタを継続すれば、自分たちも同じ目にあうからだ。彼らは、人の命が商品の対象となることを良く知っているからだ。そう、「誰か」に自分の命を買われるのだ。
郵政民営化関係、これはパンドラの箱かもしれない。
マスコミは権力や暴力に弱く、良心などないことがよくわかるじけんである。
マスコミなど、信用するものではない!
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
- 2007/04/07(土) 00:29:33|
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