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「原発はゼロ」は個人的意見か?

鉢路経産大臣の発言だが、小宮山厚労大臣と同じで個人的見解じゃないのか。
この発言は、時期尚早だ。
農林族の鉢路が、原発利権を壊すには時間が短すぎる。
次の選挙で自民党政権に戻るのが予見される状態だから、この発言の拘束性はほとんどないといってよいだろう。

むしろ、原発利権の構造を明らかにし、原発ムラの連中の逃げ場を絶った段階で発言すべきだった。
どうせ、巻き返しがあるよ。

政治家に、感情論はいらない。
国民の利益になることのみを考えろ。
それが、政治家、官僚の矜持だ。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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no individualism

日本人には、世界観 (world view) がない。世界観に基づく意見もない。
だから、皆同じに見えている。だが、一億一心ではない。
それぞれが日和見主義 (機会主義) である。

日本語には階称があるので、日本人は個人個人がばらばらではなく、議員は党派的であり、派閥グループ的である。
議会は、与党と野党に分かれて対立するが、さらに党内野党もあるので、政局は安定しない。
世界観を語らずして党内融和を図ることはむずかしい。人間として必要な信頼が得られない。

意見 (考え) は、各人で違っている。
だが、一つの意見を選んで、それを社会の意見とすれば、代表制民主主義がなりたつ。
だから、有権者は、個人的な意見の違いを把握して個人選び (投票) をしなければならない。
ある特定の個人の意見を社会の意見と認めることができれば、議会政治もうまくゆくのだが、我が国にはそのための個人主義がない。

意思は未来時制の内容であり、日本語に時制はない。
それで、日本人に、周到な現実対応策はなく、問題の解決能力がない。
あるのは、実況放送と現状報告の内容ばかりである。
本人に自分の意見を述べる意欲もなく、相手に話者の意見を把握する努力もない。
これでは、議論はできない。いつも静かに笑っている。

あるのは、事実関係調べだけである。有るものはある。無いものはない。
日本人の暮らしは、子供の走り使いのようなものである。
必要なものを自分自ら獲得するのが大人の態度であるが、それができない。
日本人は子供の態度でいる。いまだに、神 (親) 頼みでいる。

自己の意思がない人には、能動がない。
周囲の者から、「そこは、ああするものだ」、「ここは、こうするものだ」と入れ知恵されて、それを行う。
他力本願である人の心は、被害者意識に満ち満ちている。
その思いに耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ。

意思のないところには責任もなく、成り行き任せになる。
これが自然の状態であるとして、満足しているようにも見える。が、人間主義がない。
行方も知れぬ、日本人の道かな。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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すみいち

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美味しいものとお酒、そして温泉、音楽をこよなく愛します。まずいものとそれをサーブする人間は大嫌いです。
オフィシャル・サーバントのくせに、大衆をコントロールしようとするやつらは、もっと嫌いです。

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